人事の視点
人材育成は「経験設計」から始まる|OJTだけでは育たない理由
「OJTはしているのに部下が育たない」
「研修を実施しても、現場での変化が見えない」
こうした悩みは、多くの中小企業で共通して聞かれます。背景にあるのは多くの場合、研修や指導の内容、つまり「何を教えるか」に意識が集中するあまり、「経験を成長につなげる」という視点が抜け落ちていることです。
人の成長は「教育」だけで生まれるわけではありません。多くの研究が示しているように、また現場の実感としても、成長のきっかけになるのは「仕事の中での経験」です。
本記事では、OJTが機能しない背景、経験が成長につながる理由、そして経験を設計するための視点を整理しながら、中小企業の特性を活かした人材育成のあり方を考えていきます。
企業の人材育成は長らく、「教育施策」を中心に語られてきました。研修制度の導入、OJTの仕組み化、マニュアル整備、評価制度との連動――そういった取り組みです。
「人材育成」で検索すると、多くの場合は教育プログラムや指導ノウハウが中心に並んでいます。それはそれで参考になるのですが、実際の現場ではなかなか手ごたえを感じにくいことも多い。
・研修を開催したが、活かされている感じがしない
・OJTをしているが、現場に任せきりになっている
・指導する人によって育成レベルにばらつきが出ている
特に中小企業では、人事の専任担当者が置かれていないことも多く、こうした状況に陥りやすい傾向があります。
こうした悩みに直面したとき、「教育がまだ不足している」「もっと仕組みを整えなければ」と、教育施策をさらに強化しようとしてしまうことがあります。しかし、それでは問題の本質にたどり着きにくい。なぜなら、人の成長は教育施策だけで成立するものではないからです。
この点を整理する上でよく知られているのが、ロミンガーの70:20:10モデルです[1]。『人の成長に影響を与える要因』を整理したモデルとして広く引用されています。
【70:20:10モデル】
・70%:経験
・20%:他者からの学び
・10%:研修・教育
このモデルが示しているのは「研修に意味はない」ということではありません。重要なのは「成長の中心は経験である」という点です。
実際の現場でも、成長のきっかけになりやすいのは、難しい仕事を任された経験、失敗した経験、顧客対応で悩んだ経験など、仕事の中で起きる出来事であることが多い。
ただ、「経験を成長につなげる」視点が不足しているために、せっかくの成長機会を活かしきれていないケースが多いのが実情です。
「OJTが機能していない」という悩みの背景にも、この構造があります。OJTは本来、「経験を通じた学び」を促進する仕組みです。しかし実際には、「作業手順を教えること」が目的化してしまっていることが少なくありません。
問題は「OJTという制度があるかどうか」ではなく、「経験が成長につながる構造になっているかどうか」です。
経験が人の成長につながるとした代表的な理論として、Kolbの「経験学習モデル」があります[2]。このモデルでは、人の学習は次の循環によって生まれるとされています。
・具体的経験
↓
・振り返り(内省)
↓
・概念化(意味づけ)
↓
・次の行動への応用
重要なのは「経験が成長につながる」という点と、そのための「プロセスがある」という点です。
同じ仕事を長く担当しているのに成長に差が出る、というケースは珍しくありません。これは単純な経験量の違いではなく、「経験をどう整理したか」の差が大きいと思われます。
仕事の中では、日々さまざまな出来事が起きます。うまくいった商談もあれば、顧客対応に悩む場面もある。ただ、その経験を振り返らずに次へ進んでしまえば、単なる出来事で終わります。経験学習モデルでは、「なぜうまくいったのか」「なぜ失敗したのか」「次はどうするか」と内省・意味づけすることで、初めて学びになると考えます。
つまり、人は「経験そのもの」から成長するのではなく、「経験を整理するプロセス」を通じて成長する。
この視点はOJTが機能しない理由を考えるときにも重要です。「仕事の手順を教えること」自体を目的化してしまうと、学びは生まれにくい。経験が蓄積されても成長にはつながりにくいのです。
さらに、経験のすべてが同じ価値を持つわけではありません。McCallの研究では、人の成長を促進しやすい経験として、次のような特徴が指摘されています。[2]
・難易度の高い課題
・他者との関係性の中での学び
・失敗や困難を伴う経験
「自分で判断する必要がある仕事」「他部署との調整が必要な仕事」「顧客対応のように正解が一つではない仕事」は、成長機会になりやすい経験です。人材育成において「どのような経験を積み、それをどう整理して、何を学ぶか」が重要だというのは、こうした背景からです。
では、この考え方を中小企業の現場でどう活かせるでしょうか。
人の成長は日々の仕事経験の中で生まれます。そのため、人材育成を考えるときには「何を教えるか」だけでなく、「どのような経験を積ませるか」を見る必要があります。
中小企業では一人ひとりの責任範囲や影響が大きく、日常業務そのものに豊富な成長機会があります。この利点を活かさない手はありません。ただ実際には、「経験が大事なのはわかるが、現場で何をすればいいのか」という声も多い。
そこで、経験を設計する上で重要な3つの視点を整理します。なお「経験を設計する」とは、単に業務を与えることではなく、「どのような役割・難易度・対人関係を経験するか」を意図的に考えることを指します。
①「できる仕事」だけで固定しない
中小企業では、業務効率やミス防止の観点から、「できる人に任せ続ける」状態が生まれやすい。顧客対応はベテランだけ、難しい案件は管理職だけ、若手は補助業務が中心、といった状態です。
短期的には効率的ですが、その状態が続くと、若手には「判断する経験」や「責任を持つ経験」が蓄積されにくくなります。結果として「いつまでも自走できない」という状況が生まれます。
育成の観点では、「今できる仕事」だけで役割を固定しないことが重要です。顧客とのやり取りを一部任せる、小規模案件の主担当を経験させる、会議で説明役を担当してもらうといった形で、「自分で考えて動く場面」を少しずつ増やしていく。最初から完璧を求めるのではなく、「少し難しい役割」を段階的に経験できる状態をつくることがポイントです。
②「任せっぱなし」にしない
「任せて育てる」という考え方は中小企業でよく聞かれます。ただ実際には、仕事を渡して終わりになってしまい、「なぜうまくいったのか」「どこで悩んだのか」「何が難しかったのか」を整理しないまま次の業務へ進んでしまうことも少なくない。これでは、経験が単なる作業の繰り返しになります。
特別な面談制度が必要というわけではありません。案件終了後に「どこが難しかった?」と聞く、失敗時にすぐ答えを与えず本人に考えてもらう、「次にやるならどうする?」を確認する。こうした日常会話の中で経験を言語化していく方が、時間のかかる研修より現実的に機能することも多いです。
③「一人で完結する仕事」だけにしない
人の成長は、自分だけで完結する業務よりも、他者との関わりがある場面で起こりやすい。顧客との調整、他部署との連携、後輩への説明といった場面では、「どう伝えるか」「相手が何を求めているか」「どう調整するか」を考える必要があるため、自然と視野が広がります。意図的にそうした場面に関わらせることが、成長機会につながります。
繰り返しになりますが、人材育成では「何を教えるか」という教育コンテンツに注目が集まりがちです。もちろんそれも重要です。ただ、人の成長は「教えた量」だけで決まるものではありません。日々の仕事の経験と、そこから学ぶプロセスの積み重ねが、成長を形づくっていきます。
その点で、中小企業には固有の強みがあります。
- 幅広い業務に関われる
- 顧客との距離が近い
- 早い段階で役割を持てる
- 経営者の近くで仕事ができる
大企業と比べて不利な面ばかりではなく、日常業務の中にある経験をどう活かすかによっては、むしろ効果的な人材育成が可能な環境です。
「何を経験させるか」「その経験をどう整理するか」。この視点を日々の業務の中に取り込むこと自体が、中小企業の人材育成における大きな一歩になります。
参照情報(出典元)
[1]ロミンガー「70:20:10モデル」
https://www.lightworks.co.jp/media/70-20-10-model/
[2]Kolb「経験学習モデル」、McCallの研究
https://rc.persol-group.co.jp/column/solution-column/200812010048/
参考情報
厚生労働省「雇用動向調査」_若年層の離職傾向や雇用移動に関する統計資料
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/4-21c-jyakunenkoyou-r05.html
「研修を実施しても、現場での変化が見えない」
こうした悩みは、多くの中小企業で共通して聞かれます。背景にあるのは多くの場合、研修や指導の内容、つまり「何を教えるか」に意識が集中するあまり、「経験を成長につなげる」という視点が抜け落ちていることです。
人の成長は「教育」だけで生まれるわけではありません。多くの研究が示しているように、また現場の実感としても、成長のきっかけになるのは「仕事の中での経験」です。
本記事では、OJTが機能しない背景、経験が成長につながる理由、そして経験を設計するための視点を整理しながら、中小企業の特性を活かした人材育成のあり方を考えていきます。
OJTが機能しないのはなぜか|人材育成を「教育」だけで考える限界
企業の人材育成は長らく、「教育施策」を中心に語られてきました。研修制度の導入、OJTの仕組み化、マニュアル整備、評価制度との連動――そういった取り組みです。
「人材育成」で検索すると、多くの場合は教育プログラムや指導ノウハウが中心に並んでいます。それはそれで参考になるのですが、実際の現場ではなかなか手ごたえを感じにくいことも多い。
・研修を開催したが、活かされている感じがしない
・OJTをしているが、現場に任せきりになっている
・指導する人によって育成レベルにばらつきが出ている
特に中小企業では、人事の専任担当者が置かれていないことも多く、こうした状況に陥りやすい傾向があります。
こうした悩みに直面したとき、「教育がまだ不足している」「もっと仕組みを整えなければ」と、教育施策をさらに強化しようとしてしまうことがあります。しかし、それでは問題の本質にたどり着きにくい。なぜなら、人の成長は教育施策だけで成立するものではないからです。
この点を整理する上でよく知られているのが、ロミンガーの70:20:10モデルです[1]。『人の成長に影響を与える要因』を整理したモデルとして広く引用されています。
【70:20:10モデル】
・70%:経験
・20%:他者からの学び
・10%:研修・教育
このモデルが示しているのは「研修に意味はない」ということではありません。重要なのは「成長の中心は経験である」という点です。
実際の現場でも、成長のきっかけになりやすいのは、難しい仕事を任された経験、失敗した経験、顧客対応で悩んだ経験など、仕事の中で起きる出来事であることが多い。
ただ、「経験を成長につなげる」視点が不足しているために、せっかくの成長機会を活かしきれていないケースが多いのが実情です。
「OJTが機能していない」という悩みの背景にも、この構造があります。OJTは本来、「経験を通じた学び」を促進する仕組みです。しかし実際には、「作業手順を教えること」が目的化してしまっていることが少なくありません。
問題は「OJTという制度があるかどうか」ではなく、「経験が成長につながる構造になっているかどうか」です。
OJTで成長差が生まれる理由|経験学習モデルの考え方
経験が人の成長につながるとした代表的な理論として、Kolbの「経験学習モデル」があります[2]。このモデルでは、人の学習は次の循環によって生まれるとされています。
・具体的経験
↓
・振り返り(内省)
↓
・概念化(意味づけ)
↓
・次の行動への応用
重要なのは「経験が成長につながる」という点と、そのための「プロセスがある」という点です。
同じ仕事を長く担当しているのに成長に差が出る、というケースは珍しくありません。これは単純な経験量の違いではなく、「経験をどう整理したか」の差が大きいと思われます。
仕事の中では、日々さまざまな出来事が起きます。うまくいった商談もあれば、顧客対応に悩む場面もある。ただ、その経験を振り返らずに次へ進んでしまえば、単なる出来事で終わります。経験学習モデルでは、「なぜうまくいったのか」「なぜ失敗したのか」「次はどうするか」と内省・意味づけすることで、初めて学びになると考えます。
つまり、人は「経験そのもの」から成長するのではなく、「経験を整理するプロセス」を通じて成長する。
この視点はOJTが機能しない理由を考えるときにも重要です。「仕事の手順を教えること」自体を目的化してしまうと、学びは生まれにくい。経験が蓄積されても成長にはつながりにくいのです。
さらに、経験のすべてが同じ価値を持つわけではありません。McCallの研究では、人の成長を促進しやすい経験として、次のような特徴が指摘されています。[2]
・難易度の高い課題
・他者との関係性の中での学び
・失敗や困難を伴う経験
「自分で判断する必要がある仕事」「他部署との調整が必要な仕事」「顧客対応のように正解が一つではない仕事」は、成長機会になりやすい経験です。人材育成において「どのような経験を積み、それをどう整理して、何を学ぶか」が重要だというのは、こうした背景からです。
中小企業でできる経験設計|現場で意識したい3つのポイント
では、この考え方を中小企業の現場でどう活かせるでしょうか。
人の成長は日々の仕事経験の中で生まれます。そのため、人材育成を考えるときには「何を教えるか」だけでなく、「どのような経験を積ませるか」を見る必要があります。
中小企業では一人ひとりの責任範囲や影響が大きく、日常業務そのものに豊富な成長機会があります。この利点を活かさない手はありません。ただ実際には、「経験が大事なのはわかるが、現場で何をすればいいのか」という声も多い。
そこで、経験を設計する上で重要な3つの視点を整理します。なお「経験を設計する」とは、単に業務を与えることではなく、「どのような役割・難易度・対人関係を経験するか」を意図的に考えることを指します。
①「できる仕事」だけで固定しない
中小企業では、業務効率やミス防止の観点から、「できる人に任せ続ける」状態が生まれやすい。顧客対応はベテランだけ、難しい案件は管理職だけ、若手は補助業務が中心、といった状態です。
短期的には効率的ですが、その状態が続くと、若手には「判断する経験」や「責任を持つ経験」が蓄積されにくくなります。結果として「いつまでも自走できない」という状況が生まれます。
育成の観点では、「今できる仕事」だけで役割を固定しないことが重要です。顧客とのやり取りを一部任せる、小規模案件の主担当を経験させる、会議で説明役を担当してもらうといった形で、「自分で考えて動く場面」を少しずつ増やしていく。最初から完璧を求めるのではなく、「少し難しい役割」を段階的に経験できる状態をつくることがポイントです。
②「任せっぱなし」にしない
「任せて育てる」という考え方は中小企業でよく聞かれます。ただ実際には、仕事を渡して終わりになってしまい、「なぜうまくいったのか」「どこで悩んだのか」「何が難しかったのか」を整理しないまま次の業務へ進んでしまうことも少なくない。これでは、経験が単なる作業の繰り返しになります。
特別な面談制度が必要というわけではありません。案件終了後に「どこが難しかった?」と聞く、失敗時にすぐ答えを与えず本人に考えてもらう、「次にやるならどうする?」を確認する。こうした日常会話の中で経験を言語化していく方が、時間のかかる研修より現実的に機能することも多いです。
③「一人で完結する仕事」だけにしない
人の成長は、自分だけで完結する業務よりも、他者との関わりがある場面で起こりやすい。顧客との調整、他部署との連携、後輩への説明といった場面では、「どう伝えるか」「相手が何を求めているか」「どう調整するか」を考える必要があるため、自然と視野が広がります。意図的にそうした場面に関わらせることが、成長機会につながります。
まとめ|中小企業の人材育成は「経験設計」から考える
繰り返しになりますが、人材育成では「何を教えるか」という教育コンテンツに注目が集まりがちです。もちろんそれも重要です。ただ、人の成長は「教えた量」だけで決まるものではありません。日々の仕事の経験と、そこから学ぶプロセスの積み重ねが、成長を形づくっていきます。
その点で、中小企業には固有の強みがあります。
- 幅広い業務に関われる
- 顧客との距離が近い
- 早い段階で役割を持てる
- 経営者の近くで仕事ができる
大企業と比べて不利な面ばかりではなく、日常業務の中にある経験をどう活かすかによっては、むしろ効果的な人材育成が可能な環境です。
「何を経験させるか」「その経験をどう整理するか」。この視点を日々の業務の中に取り込むこと自体が、中小企業の人材育成における大きな一歩になります。
参照情報(出典元)
[1]ロミンガー「70:20:10モデル」
https://www.lightworks.co.jp/media/70-20-10-model/
[2]Kolb「経験学習モデル」、McCallの研究
https://rc.persol-group.co.jp/column/solution-column/200812010048/
参考情報
厚生労働省「雇用動向調査」_若年層の離職傾向や雇用移動に関する統計資料
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/4-21c-jyakunenkoyou-r05.html

