トレンド解説
責任者の引継ぎ、任せきりにしていませんか|会社が実行したい3つの対策
「次の責任者も決まったので、あとは二人で引き継いでおいて」
店長や部門責任者が交代するとき、こう伝えて終わりにしている会社は少なくないのではないでしょうか。前任者は仕事をよく知っていますし、後任者にも相応の経験があります。引継ぎの時間さえ設ければ、必要なことは伝わると考えるのも自然です。
ただ、私は人事としてこれまで多くの役職者の交代に関わってきましたが、就任後しばらく苦労する後任者の姿を何度も目にしてきました。職場内に不協和音が生じたこともあります。そのときは「就任当初は仕方ない」と見守っていたものの、事前の引継ぎをもっと丁寧にしていれば、もう少しスムーズに交代できたのではないか。そう考えるようになりました。
責任者の仕事には、資料や説明だけでは伝わりにくい部分があります。状況を読み、優先順位をつけ、対応を決める「判断」です。
では、後任者がその判断を担えるようになるために、会社はどんな引継ぎの機会を用意すればよいのでしょうか。
パーソル総合研究所の「元管理職の社内キャリアに関する調査」では、管理職を退任したあとの適応と、期待役割の明示や職場での対話などとの関連が示されています。
この調査の分析コメントでは、元管理職なら本人に任せておけばよいという考えから、退任後に期待する役割のすり合わせが省略されやすいと指摘されています。あわせて、元管理職を部下に持つ年下の上司が遠慮してしまい、対話が形式的になる可能性にも触れています。[1]
ただし、この調査が対象としたのは従業員300人以上の企業における管理職退任後の適応であり、中小企業の引継ぎを直接調べたものではありません。それでも、役職の変更に伴う役割や関係性の切り替えを当事者だけに委ねてよいのかという視点は、中小企業の責任者交代にも通じます。
たとえば、取引先から急な依頼が入ったとします。前任者が「今回は引き受けよう」と決め、対応の手順まで説明すれば、後任者は何をすればよいかを理解できます。
しかし、なぜ今回は引き受けると判断したのでしょうか。
取引先とのこれまでの経緯かもしれませんし、今後の取引への影響かもしれません。現場に無理なく対応できる余力があったからという可能性もあります。こうした背景が分からなければ、条件が変わったときに同じ対応でよいのかを判断できません。
前任者にとっては、経験のなかで身についた当たり前の判断でしょう。それだけに、自分が何を見て決めているのかを、普段あまり言葉にしていないこともあります。
そこに以前の上司・部下の関係が残っていると、さらに伝わりにくくなる可能性があります。後任者が「なぜですか」「別の対応ではいけませんか」と聞きづらく、説明をそのまま受け入れるだけになってしまうからです。
引継ぎで目指したいのは、前任者と同じ対応を繰り返せるようになることではありません。判断の背景を理解したうえで、今の状況に合わせて後任者自身が考えられるようになることです。
そのためには、説明を聞くだけでなく、実際の場面で判断に触れ、自分でも試す機会が必要になります。
こうした経験を重ねるには、日々の仕事の進め方を調整しなければなりません。前任者と後任者の努力に任せきりにすると、通常業務が優先され、十分な機会を持てないこともあるでしょう。だからこそ、会社が引継ぎを業務の一部として位置づけ、取り組める環境を整える必要があります。
会社の役割は、後任者のために経験をデザインすることです。どの仕事を通じて何を学び、どこから判断を担ってもらうのか。これを前任者と後任者の意見を聞きながら計画し、引継ぎを日々の業務に組み込んでいきます。
その際、取り組みの意図を双方に伝えておくことが欠かせません。
前任者に求められるのは、自分のやり方を説明するだけでなく、判断の背景を伝え、後任者が考えるのを支えることです。後任者には、教わる立場にとどまらず、次の責任者として自分ならどうするかを考え、疑問や異なる見方を伝えることが求められます。
また、短期間に説明を集中させても、さまざまな判断を経験できるとは限りません。必要な期間は仕事によって異なりますが、一定期間にわたって経験と振り返りを重ねることを前提にしたいところです。経営者や上位の責任者も、引継ぎに充てる時間を含めて仕事を調整する必要があります。
以下は、私が実際に企業で前任者・後任者と意見を交わしながら取り組んだ方法のうち、手応えを感じたものです。自社の引継ぎを考える際の参考にしてください。
単なる顔合わせや傍聴で終わらせないために、前任者は事前に、その場の目的や懸案事項を伝えておきます。後任者は、話の結論だけでなく、前任者が何を確認し、どこで譲り、何を優先したのかに注目します。
終了後には、「あの点を先に確認したのはなぜですか」「自分なら別の提案をしたと思いますが、どうでしょうか」といったやり取りをします。前任者も、結論に至るまでに迷ったことや、その場では口にしなかった事情を補足します。
会社は、引継ぎにつながる会議を選び、同席と振り返りの時間を確保します。つまり、引継ぎのお膳立てをするのです。こうした経験を重ねることで、資料には書かれていない判断の背景に触れられるようになります。
たとえば、作業分担の見直しや、日常業務で生じている不便の改善などが考えられます。後任者が計画を立て、関係者と調整し、実行まで進めます。前任者は相談役にまわり、必要な情報や助言を提供します。
会社が明確にしておきたいのは、後任者が自分で決めてよい範囲と、相談が必要な事項です。この範囲は前任者にも共有し、心配だからと先回りして進めてしまわないよう、役割を確認しておきます。
終了後は、成果だけでなく、「どこで迷ったか」「何を根拠に決めたか」も振り返ります。うまくいかなかった点も含めて、自分の判断と結果を結びつけて考える機会にします。
仕事の優先順位の調整や他部署からの依頼への対応など、任せられる業務から始めます。後任者が判断を担い、前任者は相談に応じたり、見落としている情報を補ったりします。このとき、会社は任せる範囲を本人たちだけでなく、関係する社員にも伝えます。周囲が従来どおり前任者に判断を求め続けると、後任者は責任者としての経験を積めないからです。
運用してみると、情報が足りない場面や、権限の境界が曖昧な場面も見えてきます。それを確認しながら任せる範囲を調整していけば、交代前から実務上の課題を把握できます。
これらの対策は、必ずしも順番どおりに進めるものではありません。引継ぎに使える期間や仕事の状況に応じて組み合わせ、継続して取り組むことが大切です。
責任者の引継ぎは、資料を渡して説明を終えただけでは完了しません。後任者が実際に判断を担えているかどうかまで確かめたいところです。
すべてを一人で判断できる必要はありません。自分で決めてよいことと、相談すべきことを見分けられるのも、責任者に欠かせない判断だからです。前任者の経験を、後任者がこれからの仕事に活かせるようにする。そのために、双方が目的と役割を理解し、実際の仕事のなかで学び、試す時間を持つ。会社が用意したいのは、そうした引継ぎの環境です。
「二人で引き継いでおいて」と伝えたあと、後任者はどんな判断を経験できるでしょうか。その機会まで考えることが、次の責任者を支える第一歩になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
参照レポート
[1]
調査名:元管理職の社内キャリアに関する調査
公開時期:2026年9月25日公開
調査機関:パーソル総合研究所
URL:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/former-manager/
------------------------------------
◆本記事のような、調査の読み解きや中小企業での活かし方は、毎週木曜配信のメールマガジン「Do&Be人事通信」でお届けしています。週5分で、人事と組織の“今”を整理したい方はご登録ください。
▶ メルマガ登録はこちら
https://www.do-and-be.com/mailentry/
◆制度を大きく変える前に、「いま何が起きているか」を整理するところからご一緒します。自社の状況を落ち着いて考えたい場合は、お気軽にお問い合わせください。
▶ お問い合わせはこちら
https://do-and-be.jp/contact
店長や部門責任者が交代するとき、こう伝えて終わりにしている会社は少なくないのではないでしょうか。前任者は仕事をよく知っていますし、後任者にも相応の経験があります。引継ぎの時間さえ設ければ、必要なことは伝わると考えるのも自然です。
ただ、私は人事としてこれまで多くの役職者の交代に関わってきましたが、就任後しばらく苦労する後任者の姿を何度も目にしてきました。職場内に不協和音が生じたこともあります。そのときは「就任当初は仕方ない」と見守っていたものの、事前の引継ぎをもっと丁寧にしていれば、もう少しスムーズに交代できたのではないか。そう考えるようになりました。
責任者の仕事には、資料や説明だけでは伝わりにくい部分があります。状況を読み、優先順位をつけ、対応を決める「判断」です。
では、後任者がその判断を担えるようになるために、会社はどんな引継ぎの機会を用意すればよいのでしょうか。
責任者の交代は、辞令だけでは完了しない
パーソル総合研究所の「元管理職の社内キャリアに関する調査」では、管理職を退任したあとの適応と、期待役割の明示や職場での対話などとの関連が示されています。
この調査の分析コメントでは、元管理職なら本人に任せておけばよいという考えから、退任後に期待する役割のすり合わせが省略されやすいと指摘されています。あわせて、元管理職を部下に持つ年下の上司が遠慮してしまい、対話が形式的になる可能性にも触れています。[1]
ただし、この調査が対象としたのは従業員300人以上の企業における管理職退任後の適応であり、中小企業の引継ぎを直接調べたものではありません。それでも、役職の変更に伴う役割や関係性の切り替えを当事者だけに委ねてよいのかという視点は、中小企業の責任者交代にも通じます。
仕事の説明だけでは、判断の背景まで伝わらない
たとえば、取引先から急な依頼が入ったとします。前任者が「今回は引き受けよう」と決め、対応の手順まで説明すれば、後任者は何をすればよいかを理解できます。
しかし、なぜ今回は引き受けると判断したのでしょうか。
取引先とのこれまでの経緯かもしれませんし、今後の取引への影響かもしれません。現場に無理なく対応できる余力があったからという可能性もあります。こうした背景が分からなければ、条件が変わったときに同じ対応でよいのかを判断できません。
前任者にとっては、経験のなかで身についた当たり前の判断でしょう。それだけに、自分が何を見て決めているのかを、普段あまり言葉にしていないこともあります。
そこに以前の上司・部下の関係が残っていると、さらに伝わりにくくなる可能性があります。後任者が「なぜですか」「別の対応ではいけませんか」と聞きづらく、説明をそのまま受け入れるだけになってしまうからです。
引継ぎで目指したいのは、前任者と同じ対応を繰り返せるようになることではありません。判断の背景を理解したうえで、今の状況に合わせて後任者自身が考えられるようになることです。
そのためには、説明を聞くだけでなく、実際の場面で判断に触れ、自分でも試す機会が必要になります。
会社の役割は、判断を経験できる環境を用意すること
こうした経験を重ねるには、日々の仕事の進め方を調整しなければなりません。前任者と後任者の努力に任せきりにすると、通常業務が優先され、十分な機会を持てないこともあるでしょう。だからこそ、会社が引継ぎを業務の一部として位置づけ、取り組める環境を整える必要があります。
会社の役割は、後任者のために経験をデザインすることです。どの仕事を通じて何を学び、どこから判断を担ってもらうのか。これを前任者と後任者の意見を聞きながら計画し、引継ぎを日々の業務に組み込んでいきます。
その際、取り組みの意図を双方に伝えておくことが欠かせません。
前任者に求められるのは、自分のやり方を説明するだけでなく、判断の背景を伝え、後任者が考えるのを支えることです。後任者には、教わる立場にとどまらず、次の責任者として自分ならどうするかを考え、疑問や異なる見方を伝えることが求められます。
また、短期間に説明を集中させても、さまざまな判断を経験できるとは限りません。必要な期間は仕事によって異なりますが、一定期間にわたって経験と振り返りを重ねることを前提にしたいところです。経営者や上位の責任者も、引継ぎに充てる時間を含めて仕事を調整する必要があります。
引継ぎのために実行したい3つの対策
会社が関わるといっても、引継ぎの細部まで指示する必要はありません。当事者と進め方を相談し、必要な助言をしながら、取り組める環境を整える。そんな関わり方をイメージしています。以下は、私が実際に企業で前任者・後任者と意見を交わしながら取り組んだ方法のうち、手応えを感じたものです。自社の引継ぎを考える際の参考にしてください。
① 重要な会議や打ち合わせに同席する
社内の調整会議や取引先との打ち合わせなど、責任者の判断が表れる場に、後任者が同席できるようにします。単なる顔合わせや傍聴で終わらせないために、前任者は事前に、その場の目的や懸案事項を伝えておきます。後任者は、話の結論だけでなく、前任者が何を確認し、どこで譲り、何を優先したのかに注目します。
終了後には、「あの点を先に確認したのはなぜですか」「自分なら別の提案をしたと思いますが、どうでしょうか」といったやり取りをします。前任者も、結論に至るまでに迷ったことや、その場では口にしなかった事情を補足します。
会社は、引継ぎにつながる会議を選び、同席と振り返りの時間を確保します。つまり、引継ぎのお膳立てをするのです。こうした経験を重ねることで、資料には書かれていない判断の背景に触れられるようになります。
② 小さなプロジェクトを後任者に任せる
業務改善や部門内の取り組みなど、範囲を限定した仕事を、後任者が責任者として進める機会をつくることも有効です。たとえば、作業分担の見直しや、日常業務で生じている不便の改善などが考えられます。後任者が計画を立て、関係者と調整し、実行まで進めます。前任者は相談役にまわり、必要な情報や助言を提供します。
会社が明確にしておきたいのは、後任者が自分で決めてよい範囲と、相談が必要な事項です。この範囲は前任者にも共有し、心配だからと先回りして進めてしまわないよう、役割を確認しておきます。
終了後は、成果だけでなく、「どこで迷ったか」「何を根拠に決めたか」も振り返ります。うまくいかなかった点も含めて、自分の判断と結果を結びつけて考える機会にします。
③ 日常業務の判断を段階的に任せる
区切りのあるプロジェクトとは別に、日常業務でも、後任者が判断する場面を増やしていきます。仕事の優先順位の調整や他部署からの依頼への対応など、任せられる業務から始めます。後任者が判断を担い、前任者は相談に応じたり、見落としている情報を補ったりします。このとき、会社は任せる範囲を本人たちだけでなく、関係する社員にも伝えます。周囲が従来どおり前任者に判断を求め続けると、後任者は責任者としての経験を積めないからです。
運用してみると、情報が足りない場面や、権限の境界が曖昧な場面も見えてきます。それを確認しながら任せる範囲を調整していけば、交代前から実務上の課題を把握できます。
これらの対策は、必ずしも順番どおりに進めるものではありません。引継ぎに使える期間や仕事の状況に応じて組み合わせ、継続して取り組むことが大切です。
「説明が終わったか」から「判断できるようになったか」へ
責任者の引継ぎは、資料を渡して説明を終えただけでは完了しません。後任者が実際に判断を担えているかどうかまで確かめたいところです。
すべてを一人で判断できる必要はありません。自分で決めてよいことと、相談すべきことを見分けられるのも、責任者に欠かせない判断だからです。前任者の経験を、後任者がこれからの仕事に活かせるようにする。そのために、双方が目的と役割を理解し、実際の仕事のなかで学び、試す時間を持つ。会社が用意したいのは、そうした引継ぎの環境です。
「二人で引き継いでおいて」と伝えたあと、後任者はどんな判断を経験できるでしょうか。その機会まで考えることが、次の責任者を支える第一歩になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
参照レポート
[1]
調査名:元管理職の社内キャリアに関する調査
公開時期:2026年9月25日公開
調査機関:パーソル総合研究所
URL:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/former-manager/
------------------------------------
◆本記事のような、調査の読み解きや中小企業での活かし方は、毎週木曜配信のメールマガジン「Do&Be人事通信」でお届けしています。週5分で、人事と組織の“今”を整理したい方はご登録ください。
▶ メルマガ登録はこちら
https://www.do-and-be.com/mailentry/
◆制度を大きく変える前に、「いま何が起きているか」を整理するところからご一緒します。自社の状況を落ち着いて考えたい場合は、お気軽にお問い合わせください。
▶ お問い合わせはこちら
https://do-and-be.jp/contact

